400字では狭すぎる

つい最近まで、いや今でも一部の日本の物書きは、一枚につきたったの400字しかない(ひどい場合には200字しかない)原稿用紙に文章をものしていた/いる。でも、これって異様に狭くない?
今僕がこの文章を書いているのに使っているエディタは、全角40字×32行=1280字を見渡すことができるように設定されている。しかしこれでも長い文章を書こうと思ったら前後を行ったり来たりするのが面倒になることがある。例えば上の記事でさえ、エディタの画面に全文が収まらない。それなりにまとまった長さで骨格のしっかりした文章を書こうとするならば、少なくとも同時に2000-3000字は見渡せるようでないと不便な気がするのだが、どうなのだろうか? 日本の作家や評論家の書く文章が海外の物書きより貧弱に見えるとするならば、もしかするとその原因のひとつはこの「窓の狭さ」のせいではないか? 例えばタイプ用紙あたり1枚の情報量は、日本語400字より確実に多いような気がする。
ああそうか、原稿用紙は紙だから、並べていけばいいのか。推敲のために数十枚の原稿用紙を床じゅうに拡げて自分の文章のアラを探した物書きの話を僕は寡聞にして聞いたことがないが、きっと絶対にいた/いるに違いない。