未だに「遊ぶ」ってどういうことだかよく分かりません

d:id:bluede:20070417に強い共感を覚えたので記す。
あまり裕福ではない家に生まれ育ち、bluedeさんと同じく「自分には金がない」という意識が強すぎたため*1、僕も学生時代のときには、いわゆる「キャンパスライフをエンジョイ」(笑)のような価値観からは距離を置いて生活していた。そういうライフスタイルを維持するには、傍から見ていても、月々数万円くらいの余分な出費が必要そうだったし。いや、内的必然性があれば、そのための金くらいは万難を排してでも稼ぎに出たのだろうけど、でも僕にはそんな必然性とかなかったから、必死でバイトとかもしなかったし、たまたま財政に余裕があるときは、余剰な金は全部本などに化けた。「学生の本分は学業ですよ?」とうそぶきながら。
そして社会人になってから数年くらいの間も、「少なくとも奨学金を完済するまでは『遊ぶ』なんてもってのほか!」と大真面目に信じ込んでいたので、奨学金早期返済のための貯蓄計画なんてものもやっていた。しかしあるとき、「それまで遊ぶの保留なの? 計算だと35くらいからってことになるけど、そこからようやく遊ぶことを始めるの? それって遅すぎない?」というツッコミが内部から現れ、それでようやく、奨学金とか気にせずに遊んでよいぞという脳内許可が出た。でも「遊ぶ」というのがどういうことだか、やっぱりよく分かっていないから、若干金にルーズになっただけで、相変わらず昔と大差のない内向的な生活をだらだらと続けている。

*1:まあ、それ以外の理由もいろいろあるんだけど。